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2007年09月24日

羨ましくなったら。


他人を羨ましがるなんて無意味だ!

だって
自分が虚しくなってしまうだけじゃないか。

時には
誰かの容姿が羨ましくなったり
誰かの特技が羨ましくなったり
誰かのテストの点数が羨ましくなったりする!笑

少しはいいさ。
適度な「羨ましいという気持ち」は
向上心を生んだり
人を動かしたりするから。
そして「こうなりたい」という欲になり
適度な欲は人を成長させる。

しかし
何もせずに羨むだけじゃ
気持ちが暗くなっちゃって
モヤモヤするだけだ。



「でも羨ましいものは羨ましい。」
と思った時はどうするか。
相手を認めてしまえばいい。
「すごいな」
「すてきだな」
「かわいいな」
「がんばってるんだな」
思うだけじゃなくて
友達とか家族とかの前で
口に出して相手を認めてみる。
誉めちぎる。
誉めまくる。

そうしたら、すっきりするし
プラス思考な言葉が広まって
絶対、良い事が自分に帰ってくる!
それを活力に
自分を伸ばす!


思えば私は
めちゃめちゃ昔からこうやってきたはず。

家族の前ではたまに弱音はくけど。

私は、相手が羨ましくなっった時の対象法をバッチリ身につけているので
羨ましがり知らず、妬み知らず。

はっはっは。
模試がなんだ!これからこれから!d(d・∀・)





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この記事へのコメント
おひさしぶりです。

ちょうど、私もそんなことを考えていました。

嫉妬を向上心のあらわれと見るか、
それとも無い物ねだりのミニクイ心と見るか。

ま、努力でどうにかなるものになら向上心に変わりうるのでしょうね。
努力でもどうしようもないものに対して感じると、きついです。

いずれにしても、嫉妬やうらやみの気持ちの根っこを見つめて、
それを克服していく
(メタ認知というそうです)
ことが大切ですね。

でも、大人になってもそんな気持ちに振り回されることもあります。
仕事とか、他の家庭とか、子どもとか、もちろん自分の能力容姿にも。

でも、それが自分のアイデンティティになっているものならば、
それはもう、自我の危機です。

例えば、仕事が生き甲斐で、仕事の目標達成によって自分の価値を
感じているようなことがあったりしますね。
その仕事がうまくいかない、または自分よりもデキる人物がいるとなると、
自分という人間が否定されたような気持ちになることがあります。

そのままの自分に価値がある。
というところから出発しないと、心のバランスを崩してしまうかも知れません。

マリンバさんは受験生ということで、いろいろ葛藤もあるのでしょうが、
階段は一段一段しか上れません。
ぜひ、しっかりと踏みしめながら上って欲しいと思っています。

長々とごめんなさい。
Posted by りゅうえん at 2007年09月24日 06:26
大人になったら
嫌でも妬みや嫉妬という壁にぶつかるという事でしょうか……↓

でもそれもステップの1つとして
階段を1つ1つ上がっていけば
答えは自ずと見えてきますよね↑
でも結局また階段は現れるんだろうけど。。。

人はずーっと階段を上がり続けるんですね。


絶対、自分にしかできない事ってありますよね。
Posted by マリンバ at 2007年09月26日 02:22